
フォークソング+法話=新しいカタチの誕生
日本におけるフォークソングブームの先駆者として「和製ジョーン・バエズ」「フォークの女神」と呼ばれたシンガー・小林啓子と、わかりやすくも面白い語り口で仏教を説く僧侶・天野こうゆうが作りだした、歌+語りの新しいスタイルが『うたかたり』です。
寺院だけでなく、ライブハウスやカフェ、ギャラリーなど、さまざまな場所でライブを展開。現在では全国に活動の場を広げています。忙しい日常をはなれて、ほっと一息つきたいとき、小林啓子の美しい歌声と心にしみるお坊さんの話を聴きに『うたかたり』に足をお運びください。お待ちしています。
小林啓子 / Keiko Kobayashi
東京生まれ。1966 年頃から、フォークの女王「ジョーン・バエズ」のレパートリーを歌い、学生フォーク界でひときわ注目された存在となる。聖心女子大学 在学中からプロ活動を開始。ニッポン放送「フォークビレッジ」に出演し、1969年には「こわれた愛のかけら」でデビュー。その後、NHKの「ステージ 101」のレギュラーとして活躍。長期休業の後、活動を再開。澄んだ歌声と群を抜く歌唱力で多くのファンを魅了し続ける。また、会社社長としての顔も持ち、近年、女性誌等で「素敵なアラカンヌ」として、アクティブなライフスタイルが注目されている。
天野こうゆう / Koyu Amano
天野高雄(こうゆう)1968年、岡山・倉敷生まれ。15歳より高野山へ入る。祖父の跡を継ぎ、第16代高蔵寺の住職となる。高野山本山布教師(真言宗公認)として全国にて講 演活動を展開。また、作家として仏画「ほほえみほとけ」を制作、毎年各地で個展を開催、目で見る法話として喜ばれている。FM倉敷「拝、ボーズ!!」(第 40回ギャラクシー賞/最優秀賞受賞)「きくへんろ。」パーソナリティー、 ニュースコメンテーター、執筆家としても活躍。
すべては偶然の出会いからはじまった
小林啓子×天野こうゆうインタビュー

━━━おふたりはどんなふうに出会ったんですか?
- 天野こうゆう(以下、天野):啓子さんが永六輔さんと歌とお話の会をされていた頃に、倉敷の『夢空間(サロン)はしまや』さんで啓子さんがライブしに来て。私が聴きに行ったのが最初の出会いです。
- 小林啓子(以下、小林):当時、私は長いブランクの後にまた歌い始めたときでした。「また歌う日が来たらこの曲を」と長年温めていた山本耀司さんの『スライダーを覚えて』を歌ったら、こうゆうさんが「あの歌が一番良かった」と言ってくれて。思いが通じたようで、すごくうれしかったんですね。
- 天 野:そしたら「あなたお坊さんなの? お寺に遊びにいくわ」って言われて、ずいぶんサバサバした人だなぁと思いました。打ち上げの席では、お互いにプロレス大好きという共通点も見つかって意気投合(笑)。そしたら翌日、「来ちゃったわよ」ってお寺に啓子さんが現れて。
- 小 林:そうそう(笑)。新幹線に乗る前のわずかな時間にちょこっとだけ寄ったの。いいところだなぁと思ったから、次に倉敷に来た時はもう少しゆっくり来させていただいて。お話しているうちにお寺で歌を奉納するライブをしようということになったんですね。
━━━わりと、トントン拍子に話が進んだんですね。
- 小 林:自分が一番大切にしていた『スライダーを覚えて』を「良かった」と言ってくれるなら、きっと同じ感性なんだろうっていう直感があったんじゃないかな。偶然の出会いだけれども、タイミングも良かったし、目に見えない何かにしくまれていたのかなとも思います。
- 天 野:「うたかたり」は、お寺で啓子さんに歌ってもらったときに、私が歌の説明をしていたのが原型です。お檀家さんのおじいちゃん、おばあちゃんは英語の歌がわからないですからね。仏教の声明と『Amaging Grace』を合わせる試みをしてみたりもしました。そのうち、歌とお話がだんだんつながってきて「うたかたり」というスタイルになったんです。
- 小 林:永六輔さんと一緒にやっていたときに、お話の雰囲気を感じてパッとイントロに入るとか、そういうことをしていたから自然にスタイルを作れたのかもしれません。
- 天野:私は、ずっと前から法話でイベントをやりたいと思っていましたし、『うたかたり』というスタイルを作ることができたのはとてもうれしかったですね。また、啓子さんと私はそれぞれフォークシンガーとお坊さんですから、全然ジャンルが違うんだけれども同じ方向を向いているからコラボレーションが成立するんだと思います。
━━━同じ方向、ですか?
- 天 野:ふたりともあまりガツガツしていないですよね。「この曲を売りたいから」とか「自分が有名になりたいから」とかそういう気持ちがない。親しい関係だけれども絶妙な緊張感もありますし、周囲の人もとてもよくサポートしてくださっていて。
━━━歌も法話も表現のひとつのカタチで、そのスタンスが共通するということでしょうか。
- 天 野:私の法話は「おかげさま」というフィールドであればどこにでも着地点(オチ)をつくれる。啓子さんは、フォークシンガーだけれどメッセージをぐいぐい押していくタイプではなくて、「私はこの歌をいいと感じたの。みなさんもいいと思いませんか?」という感じでしょう。二人の共通点は、自分のメッセージを伝えるために我を押し付けないということだと思います。聴いてくれている相手の何かを無理に変えようというふうにも思わない。そういうスタンスが同じなんじゃないかな。
━━━自分が何を言いたいかではなく、人をよろこばせることが好きというような。
- 小 林:私も、ふたりの間で共感できるものがあるからこそコラボレーションをやっているんだと思うの。ただ自分が好きな歌を歌うこともいいけれど、私は「今この歳でまた歌い始めるということには何かあるんじゃないかな」という思いが強かったのね。何か自分に合った表現のスタイルはないかと探しているときにこうゆうさんにめぐり会って。私は「うたかたり」で歌うことで、閉そく感の強い世の中だけれども少しホッとしてもらえるものを感じてもらえたらいいなと思っています。
- こうゆうさんは、お寺を飛び出してライブハウスで法話をするなんてすごく勇気のいることだったと思います。法話と歌のコラボレーションって、これまでにないスタイルだったから。
━━━「うたかたり」にはどんな方がいらっしゃるんですか?
- 天 野:土地や会場によってさまざまだから、「『うたかたり』は年齢の無いイベントだね」と言われています。私がパーソナリティを務めるFMくらしき『拝、ボーズ!!』のファンの方も、啓子さんのファンの方もいらっしゃるし、お互いのフィールドや人脈を生かしていますね。ライブハウスでは、お坊さんのお話なんて聴いたことない人もいますし、お寺ではご高齢のお檀家さんが多くて、フォークソングになじみのない方が多くなりますよね。だから、啓子さんが歌う歌も私が話す法話の内容も、直前に相談してリンき応援にセットリストを組み替えています。
- 小 林:子どもからお年寄りまで楽しめるライブだから、きっと時代のニーズはあると思うのね。
- 天 野:今では、北は山形から南は沖縄まで、これまで(約3年半の間)に30本ほどのライブをしています。私が法話から作詞をして、啓子さんが作曲をして“法話ソング”も作るようになりました。
- 小 林:そうそう。ついに『うたかたり』のCDもできましたよね。
- 天 野:『うたかたり』CDは、沖縄で『うたかたり』をするときに、現地のミュージシャンに参加してもらって録音していったんです。実は、沖縄屈指のギタリスト(アコースティックMの知名勝さんや日出克さん)に演奏してもらっていたりして贅沢な1枚なんですよ。「法話」と「フォークソング」のコラボレーションと言われても、なかなか想像できない人も多いと思うから、まずは聴いてみたい人に届けられたらいいと思います。
━━━今後、おふたりがお互いにに期待することはどんなことですか?
- 小 林:こうゆうさんは、学生時代はずいぶんとやんちゃをしていたという武勇伝をたくさん聴かせてもらっています(笑)。だから、もっとアバンギャルドになっていいと思うんです。「いい人になりすぎ」みたいな。もっと素の自分、個性を出してほしいって言っているのね。
- 天 野:お互いに言い合っているんですよ(笑)。もっともっと個性を出してやっていこうよって。今年は秋に東京、京都、奈良でライブをやりますし、どんどん聴いてもらえる場を増やしていきたいと思います。
(聞き手・構成:杉本恭子)
